今回もヘレンケラーの名言です。
「私は、自分の障害を神に感謝しています。私が自分を見出し、障害の仕事、そして神をみつけることができたのも、この障害を通してだったからです」
何歳のころにこの言葉を使われたのかは分かりませんが、目が見えない、耳が聞こえない障害に対して神に感謝するというヘレンケラーの気持ちに嘘はないと思っています。
ネット上では心無いコメントが書かれているのを見かけるときがあります。
日常生活の中で本気で悩んでいることに対して、簡単に貶したりする人を見てどのように感じますか?憤りを感じますか?
私もそのようなコメントを見て憤りを感じることは多々ありますが、単に「知らない」という言葉に尽きるのかもしれないなとヘレンケラーの言葉で感じました。
ヘレンケラーは見えない聴こえないという状況の中で、彼女しか知りうることができないことを知ったのだと思います。
経験に勝る知識はないとよく言われます。
日常生活の中で目と耳が永遠に不自由という環境は彼女の中でも相当な恐怖ではないかと思うのですが、それは経験していない自分が感じるだけであって、ヘレンケラー自身はそれをそのように感じていないかもしれません。
むしろそれが当たり前と思いながら過ごしているわけで、その中でどうすべきかを考えることができたヘレンケラーは神に感謝するんですよね。
ヘレンケラーは生きるということは知ることだということを経験の中で悟ったのかもしれません。
この言葉からはそのように感じてしまいます。
「なんで自分だけが…」と思うことは誰でもあると思いますが、それを感謝することができればいいですよね。
むしろ、本当に自分だけに生じたことがあるのであれば、それを素直に受け入れて前向きに捉えることができるかどうかなのかなと思いました。
そこまで考えることができるようになるには相当精神力を強くしないといけないとも思います。
そのためには理解してくれる周りの協力が不可欠だとも思います。
名言を書いて2回目ですが、言葉を見つめることができることと、言葉の力はやっぱりすごいなと感じてきています。
なんでしょうね、言葉一つで色んなことを考えさせられるんですよ。
そして、自分も頑張ろう!って気持ちにもなれるので、そういった言葉を発していけるようにもなっていきたいですね。
障害を持った方の在宅就労支援を行っています。様々なバックアップを精力的に行い、在宅勤務支援や様々な技術を有し支援に心強い味方となってくれます。
学習塾で一人一人の生徒さんと保護者に対して取り組んでいますが、引きこもりや不登校でお悩みの相談も受け付けています。
また、仕事でのお悩みなどを抱えた方のお話を聞いて楽になっていく方もいらっしゃいます。
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